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2011年 12月 31日
-Who am I ?
1966年10月29日、東京目黒生まれ。富山県八尾町出身の両親の長男。小学生までサッカー小僧。音楽、読書、ラジオの中学生。美術、吉祥寺、パンクの高校生。ロマネスク、フランス、旅好きの大学生。電子部品、システムキッチンの会社員。3人の子持ち、妻帯。大阪市西区江之子島在住。 -Why am I here ? 生きる。書く。愛す。 -Where will I go ? どこにも行かない。ただ、今を生きるだけだ。 (関心事) 2010年10月現在 -Paris, Osaka, Tossa -フランス、大阪、四国- 文化、産業、地理リエゾン -デジタル掛け軸(D−K)、長谷川章 http://www.facebook.com/yokono.masaru 2011年 10月 28日
2011年、10月29日に 私は45歳になった。
昭和41年生まれの丙午。蠍座、血液オー型。 東京の目黒、碑文谷近くに住んでいた富山県八尾町出身の若い夫婦の間の長男として生まれてから24歳になるまで東京が住まい。大阪の電器メーカーに入って、大阪暮らしが始まりもう20年の月日が経ったのだ。平成3年から平成23年の月日。平成の大部分を関西の方で暮らしている。 大阪と東京の違いとは何だろうか? やはり、大阪に残る人たちは大阪のひとだ。 東京の大分部分は地方出身者。言葉も標準語とよばれる、テレビやラジオで全国に放送されている無味乾燥な言葉が話し言葉となる。大阪弁。だんじり祭りで有名な岸和田、南河内弁と北河内弁。大阪市内の商人達の言葉の船場の言葉。。。 おそらく、大阪弁にも標準的な大阪弁があるんだろう。江戸時代から四国徳島や香川県、四国岡山県、広島県などの移住者も多いようだし、フェリーが行き来のあった奄美大島、琉球諸島の血統の沖縄県人達も大阪湾中心にコミュニティーが形成されている。旧大阪ドーム、現在京セラドームと呼ばれる、野球場周辺とか、大正区、港区というエリア。団地、マンションが林立する下町である。 一方、東京の山手線にあたる「環状線」と呼ばれるJR西日本経営のループラインの東の方、東成区、生野区のエリアはびっくりするくらい「コリアン」です。時間のある時に、焼肉屋が林立する鶴橋あたりから、今里、北巽、南巽の住宅地を歩いたが、ここは朝鮮人と日本人が互いの住処と文化を棲み分けて暮らすエリア。新今里、今里新地というアーケードから飲食店街を歩くと聞こえてくる言語は韓国語ばかり。ハングルが話せないとお店の中では完全に余所者扱いだ。 南巽という住宅地にある、巽神社。ここは以前より行ってみたかった神社。明治末期の神社合祀で大地の横野神社(これは式内社)・伊賀ヶの伊賀ヶ天神社・西足代の内天照皇大神社・矢柄の前熊野神社・四条の小路天神社の五社を合祀し、村の名をとって八幡神社から巽神社と改称したもの。 http://kamnavi.jp/en/kawati/tatumi.htm 巽神社の北東1kmの生野区巽西3丁目9番に、横野神社跡が残されている。 延喜式内社の神社でもとは印色宮(いんじのみや)と呼ばれていた。 仁徳十三年(西暦326年)に、横野堤が築かれたとの記事が『日本書紀』に見える。 http://ja.wikipedia.org/wiki/仁徳天皇 2009年 11月 14日
![]() --------------------------------------------------------- Text for '14 November 2009' --------------------------------------------------------- 見つかっているだろうか? 何が? 今を生きぬくこと 山から月が遠く見えるとき --------------------------------------------------------- -2009年11月 ・43歳。 (2009年、夏の予定) ・6月 ・7月 ・8月 夏の海 ・9月 --------------------------------------------------------- -------------------------------------------- ・リンク -yokonov archives in my brain, no download http://yokonov.tiddlyspot.com/ -ZEN LIFE http://zen-maison.blogspot.com/ -D-K OFFTIME TV ( blogger, blogspot.com ) www.flickr.com/photos/d-k-photos/ http://www.flickr.com/photos/d-k-photos/ Hi... i am an editor of following websites and blogs dedicated to a Japanese digital artist, Akira Hasegawa. -D-K OFFTIME TV ( blogger, blogspot.com ) d-k-tv.blogspot.com/ -D-K Images Stock ( motion pictures, DailyMotion.com ) www.dailymotion.com/d-k -d-k-nippon ( a Japanese site ) ( デジタル掛軸 d-k Nippon 日本... ) d-k-nippon.blogspot.com/ 2009年 05月 03日
レイブパーティと呼ばれる、招待外人の DJ が出す音を楽しむダンスパーティにいた。 自然の中での手作りのクラブミュージック、ダンス場をプロデュースする Mother(www.mother.bz)はTA-KA とよばれる企画プロデューサーが立ち上げたものだと聞いた。東京や石川県、その他のクラブミュージック好きなボランティアの若者たちが食事をつくり、ドリンクサービスをオ行う。ドイツやUKから来た外国人 ディージェーのゲストが生み出す音に合わせて、夏休みのサッカー合宿の練習場のような土ぼこり舞う広場で若い者、ちょっと若いものたちが踊る。 5月2日の昼から4日の朝まで40時間程度のパーティ。 富士山が視界に一杯の ふじてんリゾートと呼ばれる、冬場はスキー場となるゲレンデの斜面にたくさんのテントが張られ、みな思い思いの過ごし方を2泊3日のキャンプで過ごす。 前夜祭で山小屋のステージで演奏した、ゴクーという和太鼓演奏集団。 中央で鼓をたたく、カーリーな金髪の女の子が絵をつくっている。 見せる演奏家たちだと思った。 3日の午前中は、土ぼこり舞うメイン会場で体をくねらせた。 前日の晩に御話をした、東京のクラブの遊び友達のグループと出会い、盛り上がっていると、すぐ前に新潟から来ていたキャンディーズの三人姉妹も太陽の下で踊っていた。 スキンヘッドのお兄様が手渡してくれた、ハーブ入りのワインを胃袋に流すと、炎天下の中のクラブダンスはこの飲料に限る。とてもとても健康的なお日様の下での過ごし方であると発見する。 広場中央の踊る若者のビデオ撮影をしていると、きさくな感じの女の子が私も撮りたいようなことをいわれたので、カメラを手渡し踊りだけに集中する。女の子は友達の踊るところやゲラゲラ笑う表情をたくさん撮影してくれた。 夕方になると、ゲレンデの上まで上りバンガローとキャンプ場のテント群、芝生のゲレンデを真下に見下ろす場所で大の字になって寝転がった。青い空に雲がゆっくりと流れ、遠くに見える八ヶ岳の稜線がはっきり見える頃には日も落ちかけ、飛行機雲がゆっくりと空に 一 の字を描いた。 日が暮れて、バンガローがデジタル掛け軸の光を受けて色づくと木立の向こうのパーティ会場からの音の響きがクリアに耳に届く。 あたりが暗くなり、テントの人が火をおこし、メイン会場とは別の小さな会場に設営されたテントのDJの音が聞こえた。大きな蝋燭がいくつもならび、火が灯され同宿の喉歌の演奏がはじまった。 デジタル掛軸は、このインスタレーションでちょうど100回目。 長谷川章が、この10年ほどの間にその情熱を費やした時間は100年分の密度があったはずだ。 今月、ナイアガラの滝近く、カナダ領のカジノでのインスタレーションが101回目となるのか。 これから、どんな一期一絵、千年華が咲くのか想像も出来ない。 2009年 02月 27日
東京さぬき倶楽部、港区三田一丁目
春の雪がひらりひらりと舞った2月最後の金曜日、私は有明ワシントンホテルでの仕事を終えて麻布十番までの地下鉄に飛び乗った。 今晩の投宿先は、港区三田一丁目の東京さぬき倶楽部。夕方に久々に邂逅する友人たちと別館で食事するのに合わせた。 チェックインを済ませ、別館の「ばんげ」の夕食会予約の確認と長谷川章さんの話をすると、ちょうとロビーで仕事をされているとのこと。 長谷川さんはパソコンの前にいらっしゃり、挨拶。 日本庭園前のロビーの窓際にはコージさんがいた。 部屋で着替えをすませ、このロビーの撮影をはじめる。 この香川県の県民宿舎である、旧讃岐会館の本館ロビーは、国立能楽堂設計でも知られる建築家、大江宏の設計。家具はジョージ=ナカシマという名の日系アメリカ人。香川、讃岐にも所縁があるよう。 http://yharch.cocolog-pikara.com/blog/2006/06/post_6585.html 晩に、キッチン時代に世話になった横野の東京の友人と「ばんげ」で食事をする旨を長谷川さんに伝える。コージさんがカリフォルニア州でのオバマ新ニューディール政策の中の環境投資の話をしてくれた。 晩になるまで、あたりを散策したりメールをしたりして過ごす。 讃岐料理の「ばんげ」は長谷川章曰く、よそから移築した建物だそう。内装関係は小松の QUO の辰巳さんがやられた。お店に挨拶してしばらくすると、井澤さんがいらっしゃった。 しばらく久しぶりの邂逅を楽しみ、熱燗を一本注文すると、澤辺さんと谷田さん、前田さん、エチエンヌ、そして逸見さんが続々到着。ばんげの宴がはじまる。 長谷川先生が、酒持参でお見えになられた。 愉しい話がつづき、食事を終えると本館ロビーへ移動。 D−Kの常設展示が始まっており、皆で溶けた、ばんげの夜でした。 送信者 Tokyo Sauniki ClubPhoto Album Tokyo Sauniki Club
2009年 02月 18日
1978年のクリスマスプレゼント
丙午、昭和41年生まれの僕が小学生6年の頃、昭和53年は西暦1978年。43歳になる今でもはっきり覚えていることがたくさんある。テレビ番組、歌謡曲、小学校の女の子が騒いでいた UKのベイシティローラーズだとか、歌舞伎ロックの KISSというバンド。この年に流行りはじめた英国の姉妹グループの Nolans はいまでも携帯会社のソフトバンクのCFでも使われているし、この年78年に日本上陸したスペースインベーダーというアーケードゲーム。こづかいたくさんもらっている子供たちも競ってゲームセンターにお金を落とした。この年の前の77年頃からか、フェラーリやランボルギーニカウンタックなどの スーパーカーブームもあって、友達と世田谷区の環状8号線に行って、おやじから借りたカメラでスーパーカーの流し撮りなんかをやっていたっけ。。 歌謡曲。。。たしか寒かった12月だったと思う。キャンディーズが「微笑み返し」という唄を最後に後楽園スタジアム(現在の東京ドーム)でさよならコンサートをしていた。僕は小学校3年生からサッカー小僧で、毎週水曜日のオフ日以外、来る日も来る日もサッカーの練習試合ばかりだったので本気で音楽など聞いていなかった。ただ、比較的テレビの試聴時間が長かった土曜日の晩の番組だけは、夕方5時頃から夜の10時頃の時間まで父や母、弟と茶の間で呆然と眺めていたと思う。はっきりと覚えている。土曜日のテレビはこんな感じだった。 18時頃 まんが日本昔ばなし(TBS) 19時半 クイズダービー(TBS) 大橋巨泉司会、漫画家のはらたいら、竹下景子、学習院大仏文教授○○(忘れた)などが出演。。 20時 ドリフ、8時だよ全員集合。。(TBS) 21時 Gメン'75 シリーズ(TBS) 22時頃、、ウィークエンダー(NTV) みごとにTBSの番組のオンパレード。ものごころ付いた時から TBSの番組、とくにドラマのファンだった。 土曜日の晩にこれだけはっきりとテレビ番組の名前を諳んじていえるのは、普段使っているサッカー用の筋肉、呼吸心拍器官をあまり使わなかったから。簡単に言うと昼間の練習で疲れない、体力温存していたから。それは、土曜日だけ小学校の生沼健一先生(サッカーのクラブ、ムスタングの監督)の練習が給食のない土曜日は家で済まして、13時過ぎに小学校に戻り(2時だったか?)普段とは違う練習、サッカー場で体を動かさずに小学校の視聴覚教室などで世界一流選手、サッカーの王様ペレ出演の8ミリをみたり、当時の海外サッカークラブチームの録画試合のテレビ放映を8ミリフィルムで撮影したものを見たりしていた。いわゆる一流選手の試合やら練習風景のフィルムをみてイメージをつかんでいくメンタルな練習。これが土曜日のサッカーの練習のメインだった。 確か、毎週水曜日の夜中の10時に東京12チャンネル(現在のテレビ東京)で三菱グループが提供していた、三菱ダイアモンドサッカーという番組。これは小学生で毎晩9時には就寝する習慣の子供にはとても遅く起きて10時過ぎの番組をきちんとみれず、重いまぶたをふかふかさせながらたまに見ていたくらい。この番組を生沼健一先生(あだ名が おいけん)は趣味の8ミリビデオ撮影機で、モノクロのブラウン管のテレビ受像機に映る欧州リーグ中心のサッカーの試合を撮影し、サッカー子供たちに土曜日の午後、小学校の視聴覚室で披露していた。もうひとつの映像コンテンツが、おいけんのコレクション、ブラジルのサッカーの王様、ペレのサッカー教室コレクション。彼の有名なオーバーヘッドキックや、バナナシュート、貧乏な子供の頃のサンパウロの路地でひとり、サッカーボールが買えない子供たちがグレープフルーツをボールかわりにリフティングの練習をしている光景など、いまでもはっきりと脳裏に刷り込まれた8ミリの映像を思い出す。。。 土曜日は軽い練習の後にメンタル、イメージの訓練を生沼先生にさせてもらっており、帰宅がだいたい5時まで。普段は練習が終わる18時半頃、帰宅19時だったので、お風呂と食事がすむとほとんど 速攻で就寝していたのでテレビをほとんど見ていなかったと思う。水曜日の夕方のアメリカ映画だとか、戦争ドラマのコンバットあたりしか記憶にない。テレビ番組の記録、それは土曜日の晩が中心だった。 歌謡曲。。子供の頃に聞いた唄で思い出すものは何?と聞かれると、すぐに6歳あたりの ちあきなおみ『喝采』、小林明子?「あなた」(もしもあなたが〜家をたてたなら〜)あたりが強い印象。あまりテレビとか見てなかったので音楽は小学校のちょっとませた女の子たちが夢中になっている洋楽だとか、友達の高校生くらいのお兄さんがカセットに録音していたビリージョエルだとか、ビートルズ、ポールアンカとかそのあたりを小学校5年生頃知り、自分もカセットにダビングさせてもらったり、ラジオから録音していたのだろう。。はじめて買ったレコードはと問われると、はっきりと覚えていない。幼稚園の時に雑誌の付録についていた、西部劇ウエスタンの紙芝居のソノシートが最初に所有したレコードだったか。。弟がお年玉でなぜか、新沼健一の「悲しみのスポットライト」のEPレコードを買っていたのを覚えている。ピンクレディーのレコードはたくさん買った。シングル、アルバム。。夢中だった。阿久悠と戸倉俊一の楽曲にはまった。親父がレコードで聴いていた、ピンカラ兄弟とか演歌系のレコードも記憶に残る。 滝沢直子という同級生がいた。彼女はのっぽのサリーのように長身痩身の女の子で小学校4年生頃からか英国のベイシティローラーズだとか、日本公演終えたばかりの歌舞伎ロック KISS、アメリカのチープトリックとか教えてくれた。サッカー小僧で水曜日以外家にいない僕は歌謡曲くらいしか知らない、非文化、音楽などほとんど聴かない東京の郊外の10歳だった。 ピンクレディーだけは良かった。あれはどうしてか、当時の小学生の女の子男の子、皆夢中になれた。もちろんキャンディーズがいいというのもいたけどピンクレディーの唄、激しい踊りはサッカー小僧にもなじみ易かった。ケイちゃんよりミーちゃんが好きだった。根本みちよ、、静岡出身と覚えた。 1978年のテレビ番組、歌謡曲、映画などのメモ (参照:http://ja.wikipedia.org/wiki/1978%E5%B9%B4) # 1978年のテレビ * 大河ドラマ「黄金の日日」(NHK、出演:市川染五郎(6代目)、根津甚八、川谷拓三、栗原小巻) * 「ザ・ベストテン」(TBS、1月19日〜1989年9月28日) * 「600 こちら情報部」(NHK、4月3日〜1984年3月30日、キャスター:田畑彦右衛門他) * 「大追跡」(日本テレビ、4月4日〜9月26日、出演:加山雄三、沖雅也、柴田恭兵、長谷直美、藤竜也) * 「青春ド真中!」(日本テレビ、5月7日〜9月24日、出演:中村雅俊) * 「ウルトラアイ」(NHK、5月8日〜1986年3月17日、司会:山川静夫) * 「西遊記」(日本テレビ、10月1日〜1979年4月1日、出演:堺正章、夏目雅子、西田敏行、岸部シロー) * 「FNNニュースレポート6:00・6:30」(フジテレビ、10月2日〜1984年9月28日、6:00キャスター:俵孝太郎、6:30キャスター:逸見政孝) * 「ゆうひが丘の総理大臣」(日本テレビ、10月11日〜1979年10月10日、出演:中村雅俊、由美かおる、神田正輝、宍戸錠、名古屋章) * 「ムー一族」(TBS水曜劇場、出演:伊東四朗、渡辺美佐子、郷ひろみ、清水健太郎、樹木希林) # 1978年の音楽 * UFO(ピンク・レディー) * サウスポー(ピンク・レディー) * モンスター(ピンク・レディー) * 透明人間(ピンク・レディー) * 君のひとみは10000ボルト(堀内孝雄) * わかれうた(中島みゆき) * 宿無し(世良公則&ツイスト) * 銃爪(世良公則&ツイスト) * 微笑がえし(キャンディーズ) * 勝手にシンドバッド(サザンオールスターズ) * 気分しだいで責めないで(サザンオールスターズ) * 時間よ止まれ(矢沢永吉) * プレイバックPart2(山口百恵) * いい日旅立ち(山口百恵) * ジョニーの子守唄(アリス) * Mr.サマータイム(サーカス) * かもめが翔んだ日(渡辺真知子) * 飛んでイスタンブール(庄野真代) * 東京ららばい(中原理恵) * キャンディー(原田真二) * この空を飛べたら(加藤登紀子) * うぬぼれワルツ(木の実ナナ) * 季節の中で(松山千春) * カナダからの手紙(平尾昌晃&畑中葉子) * ガンダーラ(ゴダイゴ) * ブルースカイブルー(西城秀樹) * 林檎殺人事件(郷ひろみ&樹木希林) * サムライ(沢田研二) * ダーリング(沢田研二) * たそがれマイラブ(大橋純子) * みずいろの雨(八神純子) * 夏のお嬢さん(榊原郁恵) * 狼なんか怖くない(石野真子) * わたしの首領(ドン)(石野真子) * 春の予感 -I've been mellow-(南沙織) * 夢想花(円広志) * 時代遅れの恋人たち(中村雅俊)/日本テレビ系『ゆうひが丘の総理大臣』主題歌 * 与作(北島三郎) * HERO(ヒーローになる時、それは今)(甲斐バンド) # 1978年の映画 * 2月25日 - 『未知との遭遇』日本公開 * 6月30日 - 『スター・ウォーズ』(エピソード4)日本公開 * 8月5日 - 『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』公開 * 8月19日 - 『火の鳥』公開 * 12月16日 - 『ルパン三世』公開 # 1978年のゲーム * スペースインベーダー、タイトーから発売される。 * 「西遊記」 * 「ゆうひが丘の総理大臣」 * 「ムー一族」 よく覚えている。見ていたのは中学生になってから、再放送だけど。。 * UFO(ピンク・レディー) * サウスポー(ピンク・レディー) * モンスター(ピンク・レディー) * 透明人間(ピンク・レディー) * 君のひとみは10000ボルト(堀内孝雄) * わかれうた(中島みゆき) * 宿無し(世良公則&ツイスト) * 銃爪(世良公則&ツイスト) * 微笑がえし(キャンディーズ) * 勝手にシンドバッド(サザンオールスターズ) * 気分しだいで責めないで(サザンオールスターズ) * 時間よ止まれ(矢沢永吉) * プレイバックPart2(山口百恵) * いい日旅立ち(山口百恵) * ジョニーの子守唄(アリス) * Mr.サマータイム(サーカス) * かもめが翔んだ日(渡辺真知子) * 飛んでイスタンブール(庄野真代) * 東京ららばい(中原理恵) * キャンディー(原田真二) * この空を飛べたら(加藤登紀子) * うぬぼれワルツ(木の実ナナ) * 季節の中で(松山千春) * カナダからの手紙(平尾昌晃&畑中葉子) * ガンダーラ(ゴダイゴ) * ブルースカイブルー(西城秀樹) * 林檎殺人事件(郷ひろみ&樹木希林) * サムライ(沢田研二) * ダーリング(沢田研二) * たそがれマイラブ(大橋純子) * みずいろの雨(八神純子) * 夏のお嬢さん(榊原郁恵) * 狼なんか怖くない(石野真子) * わたしの首領(ドン)(石野真子) * 春の予感 -I've been mellow-(南沙織) * 夢想花(円広志) * 時代遅れの恋人たち(中村雅俊)/日本テレビ系『ゆうひが丘の総理大臣』主題歌 * 与作(北島三郎) * HERO(ヒーローになる時、それは今)(甲斐バンド) すごい! いまでも節をおぼえている。カラオケで熱唱可能だ。この年の唄はよ〜く覚えています。。。 ■ラジオで聴いた『狼なんか怖くない』(石野真子) 中学生になる前の冬、友達の高校生のお兄さんをまねて親父のラジカセを使ってラジオ番組で流れる洋楽やら歌謡曲などを録音していた。夜になると深夜番組があった。おぼえているのは生島ひろし司会の『夜はともだち』(TBSラジオ)という番組。当時石野真子がデビューしたばかりでラジオの宣伝で彼女のデビュー局が毎日ようにこの冬かかっていたと思う。 クリスマスプレゼントだったか、正月のお年玉だったか、中学生になる記念にと親のお金もつかわせてもらって10万円近いステレオのコンポを秋葉原に買いに行った。松下、テクニクスブランドのステレオセット。FMラジオの雑誌などを見て、レコードプレイヤーの針までメーカーを選んで買った。レコードのホコリを拭うクリーナーも買った。住まいの多摩ニュータウンの団地の中、僕に与えられた三畳間の空間にテクニクスのステレオセットはちょっと大きすぎたが、中学生になる前の小学校最後の冬に僕は音楽を本格的に聴き始めた。ステレオセットを買うと同時に、前からきになっていた英国の姉妹グループノーランズのアルバム、LPレコードとかFM東京で聴いたアメリカのフュージョンの黒人歌手、ジョージ=ベンソン『ギブミーザナイト』、ジャズサックスの渡辺貞男なんかが最初のLPコレクションだった。1978年の冬、サッカー少年の小学生時代が終わり、暗いスポーツをやめた中学生時代の春がはじまる。 記、2009年2月18日、零時20分 横野勝、42歳、大阪寝屋川市松屋町 昨日、電器店で20年ぶりにステレオコンポを買いました。iPod/CD/DVD/AM-FMチューナー付き, 25Wx2 スピーカーです。なかなかいい音がしますよ。群馬県の松木技研というメーカーの MATRIC マルチファンクションマイクロコンポ MCD-20i という製品で、2万円でした。*コジマ寝屋川店で購入。店頭にいらした、ビクターの説明員のかたに購買を助けてもらいました。ありがとう。 # by yokonov | 2009-02-18 02:27
2009年 02月 07日
土曜日の朝早く眼が覚めた。今日は富山県立山山麓スキー場で開催予定の雪の祭典に行く。9時前のサンダーバードに飛び乗る。
金沢を過ぎても、電車の車窓から見える景色には雪があまり見えない。 富山駅に11時過ぎに到着。北陸新幹線富山駅のプラットホーム増設のため在来線のホームから南側の改札まで迂回する。 駅前のCICと名前のついたビルまで地下通路を抜ける。駅前の広場下の地下通路の壁一杯に地元のコンサートの案内やら博物館美術館の案内ポスターが貼られている。その中に越中富山の社寺に多く残る石碑のひとつ、狛犬のイメージをコラージュしたポスターに目が留まる。日本で一番多く残る地方のひとつだそう。 CICビルの受付のお姉さんにカメラ用の三脚を探していると聞くと、すぐそこに陽光堂というカメラ屋さんがあると教えてもらう。 陽光堂のカメラ屋さんで HDビデオ録画機の三脚をもとめる。電気量販店のような品揃えはない。ご主人としばらく会話。富山駅前にあった5、6軒のカメラ屋さんもすべて廃業。この陽光堂一軒しか残っていないとおっしゃる。寂しい限りだが、ご主人曰く、立山に登る登山客の写真関係の買い物客が途絶えることなく楽しくお店を続けていらっしゃるそう。戦後すぐに開業して50余年の月日が経ち、ご主人自身も山登りと写真がご趣味だそう。地元の山岳写真愛好家の方たちの写真集などを見せて頂く。圧巻なのがやはり、お店の壁一杯に掲げられた立山の写真。日本海に浮かぶ船から撮影された立山が、潮のしぶきがぶつかる海岸沖の黒い岩の向こうにそびえ立つ。海岸からこんなに近い場所に三千メートル級の山並みが聳える景色がとれるのは世界にここを含めて2地点しかないそう。たくさんのお話を伺って Velbon の三脚を購入。 富山地方鉄道で立山へ。立山駅一つ前の本宮駅下車。 無人の本宮駅前で一服。線路沿いに抜ける小山を登る路が見える。アスファルト塗装の路を登っていくと、まるで春のような雪解け水が道路一杯に溢れかえりアスファルトの道路に清流の小川をつくっている。車が通るたびに、避けてはくれるものの水しぶ一杯バックパッカーの自分が被ることとなる。30分ほどして小休止。山岳の公共工事請け負いの工務店の軒先で一服。東に見える立山国際ホテルまであとわずか。山を一気にかけあがり体温が急上昇したのと二月上旬とは思えない春の陽気のために上半身の汗がひどい。着替えのため服を脱ぎ、もう一服しながら周囲の景色を撮影。 このあたりの現在の地名は富山市 原(はら)というが、数年前の流行の市町村統合の前は大山町と呼ばれていた。スキー場ゲレンデ、宿泊施設が残る。 極楽坂ゲレンデを右手に見ながら歩いていると石彫の狛犬の間に小さな社がある。富山県が全国でもっとも社寺の狛犬を残す地方だということを思い出す。そのすぐ近くには二体の地蔵を祀った一里塚があり、覗いてみるとこの大山町が長野県大町までの山麓の路、塩の道の起点であると読む。 立山国際ホテルでチェックインを済まし、らいちょうバレイへ車で送ってもらう。長谷川章さんは雪の祭典の現場に作られたかまくら前の関係者小屋に入っていた。ちょうど今晩の雪祭りをテレビが生中継するのでアナウンサーとの打ち合わせ。挨拶の後、この祭りの現場監督の KNB 濱口公史さんにお目にかかる。雪祭り向けの行灯風の三角錐が雪の斜面に並び、子供たちの遊び場となるかまくらとそりの斜面がつくられている。ゲレンデの向こうの山肌は積雪が少なく樹々がむき出しのまま雪化粧はされていない。 あたりが暗くなりはじめる5時頃からD−Kの光が灯されうっすらとデジタル掛軸の灯りが雪のゲレンデに反射しながら目に届いてくる。 子供たちが真っ先にデジタル掛軸のひかりに反応してはしゃぎ出している。女の子が走り回り、男の子はゲレンデの雪を真っ赤に染めるD−Kの光が反射する雪を靴でほじくっている。大人たちもこれは何だろうと不思議そうな顔で佇み、そしてかまくら前で写真をとったりする。 D−Kデジタル掛軸が日本各地の有名社寺や世界遺産の自然物を照らすこと約十年ほど。アーティストの長谷川章氏がこの立山山麓スキー場の雪の祭典でD−K(デジタル掛軸)を上演するのは今回で 95回目となるが、雪のスキー場での上演は彼にとっても全くはじめてのもので、最もやりたかった場所のひとつとコメントがある。 送信者 D-K Live at Thunderbird Ski Run, Toyama (2009-02-07)-Video Record on Youtube.com (長谷川章によるD-Kアートのコメント記録) -clip 2009 02 07 18:19:50 Akira Hasegawa comments on D-K (Digital Kakejiku) art. Video was taken at Thunderbird Valley Ski Run, Tateyama, Toyama Prefecture,Japan. Dated: 07-Feb.-2009 (Sat.) -MC それでは皆さん拍手でお迎え下さい。 -aha こんばんわ、長谷川です。 -MC 長谷川さん。この会場内にに映し出している、何とも言えないこの美しい幻想的な光のアート、デジタル掛軸について少し説明して頂いてもよろしいですか? -aha はい。あのう、、これまで世界で、、今日で95回目になります。パルテノン神殿、それから世界アート展とかやってきまして、実は一番やりたかった場所がスキー場だったんですね。今日実現して大変うれしく思っています。で、掛軸は先程番組でもお話しましたけれども、立ち止まってじっと見るのもいいんですけども、この広いゲレンデ、奥の方まで映っていますので、いろいろこう皆さんおひとりおひとり、場所を変えて、自分の一番好きな場所はここだって所にたどり着いて皆さんおのおのが絵の中に参加して楽しむというのが掛軸の特徴ですね。はい。 -MC パルテノン神殿、そしてアメリカの、、 -aha サンノゼでのアートフェステバルですね。 -MC その中でも、その95回目となるこちらの立山山麓スキー場で一番開催したかったとおっしゃっていたのはどうしてなんですか? -aha ええ、あのやはり雪のキャンバスっていうのは一番光を反射して奇麗に見えるので、しかも大自然の山あり谷あり、そのうねりの中に絵がどんどんこう吸い込まれていくようになっていて、通常の雪を見るよりより自然に見えるというか、自然に回帰できるというのが特徴ですね。はい。 -MC なるほど。またこのピィンと張りつめた空気の中でこの光のアートを見るというのもすごく幻想的で美しいですよね。体でも体験できるデジタル掛軸、素敵ですよね本当に。 さぁこのデジタル掛軸は、アメリカのパブリックアート2007、ベストアーティスト賞も受賞されているということで、本当に世界的にもこれからも活躍していく素晴らしい光のアートであります。 さあ長谷川さん、最後にこれからの活動予定ですとか将来の夢などお聞かせ頂けますか? -aha ええ。まぁ体がひとつしかないものですから、いっぺんに云々とはいけませんですけど、まあ世界遺産を順番にですね、ひとつひとつDKでインスタレーションしながら、世界遺産をもう一回、あらためて何故世界遺産がここにあるのか皆さんに体感して頂きたいと思っております。それとこれは非常にエコなんですね。ほとんど電気も使ってませんし、明日になれば元通りの雪の原にかわってますし、まったくこの残り物、無駄なものは出さないということで、エコとしてのアート。そして皆さんが通常自然をないがしろにしているというか、あるのが当然のように思ってしまっているところがありますけど、あらためて自然のよさ、自然の深さをこのアートと共に体感して頂ければ素晴らしいんじゃないかと思います。はい。 -MC そうですね是非考えて頂きたいと思います。 さあ本日はどうも有り難うございます。 -aha 皆さんどうも有り難うございました。 ごゆっくりどうぞ。 -MC 皆さん暖かい拍手でお送りください。 2009年 02月 07日
本日上映上映@富山立山山麓スキー場、
D-K will call God at Thunderbird Valley Ski Run in Tateyama 送信者 d-k at Thunderbird Ski Run, Toyama (2009-02-07)http://d-k-nippon.blogspot.com/2009/01/d-k-d-k-httpwww.html ■d-k(デジタル掛軸)上映@富山立山山麓スキー場、2月7日(土)ー8日(日) デジタル掛軸が富山県、立山山麓スキー場にて実演されます。 日時:2月7日(土)ー8日(日)19時〜20時 場所:富山県富山市市原282(電話:076−481−1900) http://www.facebook.com/home.php?ref=home#/note.php?note_id=48981573294 D-K will call God at Thunderbird Valley Ski Run in Tateyama. In Osaka at 4:30 now, I woke up and pack myself to fly to Thunderbird Valley Ski Run in Tateyama Mountain. I'm going to take a JR West Train called, Thunderbird from Kyoto to Toyama, then I take Toyama local train to arrive the nearest station of Thunderbird Valley where D-K will call God in this evening! On the silver screen of chilling powder snow fall, D-K lights will cover. Reflection ratio of lights on silver snow are almost 99% like on the miroir and the lights should amaze my brain through my visual perceptive organ at the nerve of eyes. I am wondering what kind of signals will be generated in my brain while my eyes gets D-K lights directly from the silver snow screen. How those converted signals at the nerve of my eyes would remind images and ideas in my mind this evening. I will verify this with my real eyes at Thunderbird Valley with full of D-K lights reflection. Victor Yokono, 07-February-2009 Sat., 04:45 am 送信者 d-k at Thunderbird Ski Run, Toyama (2009-02-07)2009年 01月 31日
![]() Ute LEMPER / ART MENGO : Parler d’amour - Taratata -------------------------------------------------------------------------------- Ute LEMPER / ART MENGO : Parler d'amour http://video.mytaratata.com/video/iLyROoaftlja.html -------------------------------------------------------------------------------- Ute Lemper - Parler D'amour (Duet With Art Mengo) Parler D'amour (Duet With Art Mengo) By Ute Lemper http://www.6lyrics.com/music/ute_lemper/lyrics/parler_d_amour_duet_with_art_mengo.aspx -------------------------------------------------------------------------------- Parler d'amour Parler d'amour poli, comme ces galets qui rient Aux marées finissantes, un soir d'avant tempête Parler d'amour Parler d'amour Comme un jeu déferlant, quand la mer est muette De ces amours qui poussent entre deux cœurs en douce Parler d'amour Ne pas parler de nos départs Des déchirures sous les regards, les amertumes, Comme on se cache {x2} Parler d'amour De ces amours trop claires pour laisser sur la pierre La blessure insolite de nos amours maudites Parler d'amour Parler d'amour Pas de ces haines cachées aux lendemains des rêves Sous les mots acérés comme des tranchants de glaive Parler d'amour Ne plus parler de nos hivers C'est vraiment mal et puis se taire Et puis se taire Parler d'amour {x2} Parler d'amour D'accord mais d'amour tendre alors Parler d'amour Parler, parler, parler d'amour -------------------------------------------------------------------------------- Ute LEMPER / ART MENGO : Parler d'amour http://video.mytaratata.com/video/iLyROoaftlja.html -------------------------------------------------------------------------------- 2009年 01月 15日
東京、ひさしぶりの (1月15日晴天)
本日は晴天なり。出張の準備はほぼ万全。 京都9時20分発ののぞみ自由席に飛び乗る。電源コンセントがある一列の目の座席が空いている。 岐阜に近づくと山の村の中の家々の屋根、山肌が薄らと雪化粧。冬の景色が前頭葉を覚醒させる。 岐阜羽島を過ぎると積雪のため徐行をするとアナウンス。名古屋までゆっくりと進んだ。 川向こうの富士山が目にまぶしい。 11時30分。片岡さんと新橋駅前の汽車ボッポ広場で待ち合わせ。 1年ぶりの再会。お元気そうで何よりだった。不当解雇の会社に対して弁護士さんに労働審判の係争中で大変そう。近くの中国料理屋で青椒肉絲定食。虎ノ門入ったところでカフェ。おもしろいものを見せてもらう。「メンタリフレッシュ」薬局で入手可能な薄荷油と無水エタノールを混ぜてつくったブレーン冷却スプレイ。集中して熱くなった大脳皮質をメンソールでクールダウンできる。早速近くの薬局で求める。 13:30待ち合わせとなる新橋駅の方に戻る途中で、’70年代そのままのフォーク喫茶「香林坊」を偶然発見。アメリカンコーヒーを注文してご主人と話を交わし、岩崎さんに電話を一本入れる。 岩崎さんと連れの辻さん。益田市の話。「限権」、中国、アメリカの戦争準備の話題。デジタル掛軸@柿本神社。長谷川さんのアトリエ、長寿庵の蛍。アマゾンのアサイベリーの健康飲料の話。話は尽きない。。。 岩崎さんの友人がやっている「姑娘」という餃子屋さんの横にある昭和歌謡曲をカラオケで歌えるお店を教えてもらう。 From Tokyo, 東京お二人をショールームにお連れする。24階のフロアから皇居宮殿の緑色の屋根。銀座の雑居ビルの醜悪さが見下ろせる。日本で最初の汽車が走った、汐留駅跡。三国さんのレストランはいまでも賑やか。 From Tokyo, 東京お二人と汐留の駅で別れてタクシーで虎ノ門オランダヒルズのIT会社のT氏の所へ急ぐ。 約束の4時過ぎに到着。焦げ茶色のフロア、家具、ソファのある応接階に。2時間ほど積もる話で楽しんだ。この後の予定を話をするとT会長さん、同行を承知して頂いたのでタクシーで三田の大学へ走らせる。 慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科の稲蔭正彦先生が待つ4階の部屋に。フランス人の旅団が30分遅れで到着。T氏と共に稲蔭先生と雑談していると、オタクジャーナリストで有名なエチエンヌ=バラールさんが到着。インターネット黎明期の日経PCという雑誌で、1994年大晦日のパリ、サンミンッシェル広場の待ち合わせがリアル世界最初の出会いだった、日本人オタクの恋物語の記事をバラール氏に取り上げてもらった話をしたが覚えてくれていなかった。何千何万の雑誌の記事のひとつひとつを憶えているわけではないんだなと残念に思う。 From Tokyo, 東京1993年の冬にミュンヘン郊外の日本人事務所で覗かしてもらったインターネット。当時は日本の島にサーバーを置くウェブページはNTTと筑波大学、東大の3つのホームページしかなかった。フランスでは1980年代から MINITEL(ミニテル)という電話回線を使ったフランス語を使う国を中心に「ネットワーク」があり、ネットバンキングとか映画、レストランの予約などが自宅にいながら出来たり、オンラインで出会いを楽しむチャットや掲示板なんかも普通にやれた。1979年末からフランステレコムがサービスを開始。フランス版インターネットの普及は、フランスの電話会社が電話やファクシミリを毎月何百円かのレンタルで貸し出しするのと同じ感覚で、ネット端末機となるコンピューター(ミニテル端末)をユーザーに購入してもらうのではなく、毎月500円程度の料金で電話料金と一緒にレンタルすることによって一般家庭にあっという間に普及した。1994年の冬に、パリに来た日本人の青年は「出会い」を求めてこのミニテルを電話会社から借りて話し相手を探していたのだ。 稲蔭博士の研究概要のレクチャーがはじまる。 アンビアント。お話の中で、デジタル障子の演出:SHOWJI コンピューター制御の影絵の演出よし。 KAGE-ROI: 企業でのブレーンストーミングを支援する環境提供。アイデア出しをする部屋の照明制御、ムード演出。参考となる情報やウェブサイト、イメージ、音などのピックアップを天井や壁、皆が囲むテーブルに瞬時に投影させる仕掛けなど。。。 フランス人たちとサヨナラして、三田5丁目のアダンへ。タクシーが板橋から来た流しのタクシーで歩いても行けるところが30分近く車で徘徊。待ち人に申し訳なく、急ぎ足で2階に駆け上がると、M氏が1献傾けながら微笑されていた。 From Tokyo, 東京
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